東京地方裁判所 昭和40年(レ)266号 判決 1967年9月22日
控訴人 田中務
被控訴人 国
代理人 岩橋健 外一名
主文
本件控訴を棄却する。
訴訟費用は控訴人の負担とする。
事 実<省略>
理由
一、請求原因事実は争いがない。そこで供託金取戻請求権に対する消滅時効の適用の有無について検討することとする。
(一) 被控訴人は、供託を一種の私法上の契約であるとし、そのことから供託金の取戻請求権には民法の時効規定の適用があると主張する。たしかに供託は、国家権力を発動して私人の権利を制限する一般の公法上の行為と異なり、むしろ一般国民に役務を提供してその利益をはかる制度である。しかしながら、例えば弁済供託にみられるとおり、供託は相対立する当事者間の利害を調整する制度であつてそれ自体法秩序の維持という公益の達成を目差すものであり、しかも多種多様の供託原因に基づく大量の供託事務を確実に執行するためには、供託当事者や供託官の自由意思に支配されない。画一的な取扱を必要とするのである。げんに国民が供託所に対して供託物の受理を求めうる権利は、供託を義務付けあるいは許容した法規(供託法第一条、供託規則第一三条第二項第五号。以下供託根拠規定という。)の要件を満たすことによつて、供託官との契約を待つまでもなく当然発生し、また法律関係の内容も、当事者の自由意思に支配されず、供託根拠規定とこれを受けた供託手続規定によつて画一的に定められている。しかも、供託法第一条の三に規定された審査請求は、供託所の一方的意思によつて紛争を処理しようとするものであつて、当事者双方の平等を原則とする契約関係とは、とうていそぐわないものといわねばならない。
そうとすれば、供託の法律関係は、原則として私的自治によつて支配された私法関係と解することはできず、やはり公益を目的として制定された供託法規によつて支配される公法関係と解するのが相当である。
(二) ところで、弁済供託が債務の目的物を保管して、当事者間の紛争を調整する制度であることは、すでに述べたとおりであり、民法第四九四、四九六条の文言にもその趣旨があらわれている。従つて、供託当事者が紛争の終結に至るまで、供託物の保管を求めることは、弁済供託の根拠規定によつて、供託当事者に許された権利であり、紛争中に供託物の取戻を求めないことは、とりもなおさずこの権利を行使しているものと解することができる。従つて、紛争継続中は消滅時効は進行しないものというべく、これに反する被控訴人の主張は、実定法規の趣旨に反するものであつて採用しえない。
(三) しかしながら、争いが終結した後には、供託金の保管を継続すべき理由も必要も存在しないのであるから、供託金の取戻請求権は以後速かに払渡さるべき債権であつて、一般の国に対する金銭債権と異なるところはない。しかも、供託所に課せられた供託事務は、各種の供託原因に基づいた大量の業務を、長期にわたつて確実に営まねばならない性質を有するのであるから、理由のない保管事務を永久に継続するよう要求することは、供託所に対して過酷にすぎるものというべきである。
従つて、供託金取戻請求権についても、一般の公法上の金銭債権と同様に、会計事務の決済の必要があるものというべく、会計法第三〇条の適用を受け、争いの終結した日から五年の経過により、時効によつて消滅するものと解するのが相当である。
控訴人は物品の供託に時効の適用がないことをもつて反論するが、これは物品の所有権が金員のそれと異なり、供託物の受理という占有の移転によつて、消滅しないことによるのであり、そのことは供託に限らず一般に時効が問題となる場合に共通する例外的現象であるから、反論の根拠とはなりえない(なお物品管理法は、国の供用財産にのみ適用があり、供託物には適用がないので、物品の場合に時効の適用がないことは、同法の規定によるのではない)。そして公法上の時効については、証拠保全の困難の救済等、主として私人間の法律生活の実情に着目した法原則が適用されないのは当然であるから、供託所における書類の整備を理由に、時効の適用を否定すべきではないし、また明治会計法の解釈が控訴人主張のとおりであつたとしても、現行会計法第三〇条の文言には、なんらの限定も付されていないのであるから、供託金について同条の適用を排除すべき理由はない。
以上のとおり、供託金の取戻請求権については、実定法上時効の適用があるものと解せられ、時効の適用により請求権の行使ができなくなるとしても、それはいたずらに権利の行使を怠つた結果によるのであつて、なんら不合理とはいえないから、これをもつて憲法に違反するものとは解し難い。
二、(一) 本件の供託の効力に関する訴外林と控訴人との間の訴訟が、昭和二七年五月二六日最高裁判所の判決により、訴外林の敗訴に確定したことは、当事者間に争いがない。よつて本件供託金の取戻請求権は、右の日から起算して五年の経過により消滅すべきものである。なお、控訴人は、被控訴人が時効の援用をすべきではないと主張するけれども、公法上の債権債務は、時効の援用を要さず、時効の完成により当然消滅するのであるから(会計法第三一条)、控訴人のこの主張は失当である。
(二) また時効中断事由としての承認は、たんに内心において債務の存在を認識するだけでは足らず、これを権利者に対して表示することが必要である。従つて、供託の事実が供託所の帳簿において明瞭であつても、右の要件を充足しない以上、これに時効中断の効力を認めるわけにはいかない。
(三) そして控訴人主張の仮差押は、控訴人の訴外林に対する権利の行使ではあつても、被控訴人に対する権利の行使ではないから、これによつて時効が中断されるのは、控訴人の被保全権利のみであつて、訴外林の権利である本件供託金の取戻請求権ではない。従つてこの仮差押にも時効中断の効力を認めることはできない。
(四) さらに、右仮差押に対する異議事件の審判の対象は、控訴人の被保全権利の有無および仮差押に限られ、被仮差押債権である本件供託金取戻請求権の存否にはふれないのであるから、その確定判決といえども、右の請求権の時効を中断する効力を、認めるわけにはいかない。
三、よつて、本件供託金取戻請求権は時効により消滅し、被控訴人にはその支払義務がないから、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴はこれを棄却すべく、控訴費用の負担について、民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 室伏壮一郎 篠原幾馬 浅生重機)